2016年05月16日

幸せになるチャンスはいつも降ってくる。

突然ですが、部屋をお掃除されてますか?


年初め、知人の家の冷蔵庫を整理してたら
一年前のブルーチーズになった、
ヨーグルトが出てきました。

春頃、知人のお部屋にお邪魔したら
トイレに雑貨や読み切れない本が
埃をかぶって積まれてました。


片付けようとすると、
いろんな人が隠していた心を
浮き出させますね。


わたしがヨーグルトを片付けていると…

よくやったと褒めてくれるひともいたし、
そこまでするの?と呆れるひともいたし、
汚した本人が「私を責めないで!」と怒られました。

冷蔵庫はあなたの物で溢れているから
いっぱいあるから片付けてね。

それが責められているよう思った様子。


わたしは正直に
「感謝されたいと思ってない、
謝れとも思わない。けれど、
お腹壊さなくてよかったくらい思ってほしい」

そう言ったら、罵声は穏やかになり
幾分か話を聞ける状態になりました。


落ち着いた精神のひとがこれを見たら、
さゆりさん怒らないの?て思うわけですが。

ゴミを溜め込む心理状態のひとは
大概気に入らないことがあると、
一方的に罵って相手の話を聞かず
縁を切ろうとするので。

その辺は予測つけてました(笑)


トイレが汚かったひとも同じです。

使わないのに、読まないのに、
古いものが散乱してました。

部屋に入った途端理解したのは、

「これはいかん。けれど、
こういう汚し方をする人は、
捨てた後ひどく後悔する癖がある人だ。
きっと後でひどいことを言われる可能性もあるが、
片付けないとやばい」

残念なことに予想通りとなり、
片付けているときは嬉しそうでしたが、
捨てた後「あんなやつのために捨てた!」
とわたしを罵りました。

わたしが性格がおかしいのと、
物を捨てることに承諾した自己責任は違うわけですか。

そういう精神になっているということです。


単にものが散らかっているとき。

仕事で忙しいひと、
物を片付けるのが不慣れなひと
精神が乱れているひとなど様々です。


けれど、
「ゴミ」(長い間見ても使ってもない物)を
溜め込むのは違います。



「こーんなにたくさんのパンの耳を
パン屋さんからもえるんです」

そう、わたしに話したひとがいたんですよ。

「それはお買い得ですねえ」
なんて話してたら。


家の冷凍庫にはまだ
1メートルくらいのパンの耳を
所持していました。

食べ終わる前にもらいに行くわけでもなく
新しいパンの耳と差し変えるわけでもなく、
単に食べきれない物を捨てないわけです。

じゃあパンの耳は
どうやって工夫して食べてるかというと、
かじりつくだけ。

睡眠薬や頭痛薬や
他にも精神薬なんか飲んでいたようで。

部屋のすべてのものに埃をかぶってました。


ひとを罵るなとは言わない、
薬に頼るなとも言わない。
無料で施しを受けるなとは言わない。

けれど、その前にゴミを捨てなよって
単純に思うわけです。

それだけで、わりと
健康的な生活が取り戻せますから。

あと行き過ぎた暴言も吐かないし、
執拗な怒りの執着も短期間で落ち着きます。


部屋がきたないにも二種類あり。

ゴミを溜め込んでいるか
物が散乱してるか。



これは感情も同じ。

過去の感情を整理しようとすると、
次の人生のステップへ上がる不安、
怒りを風化させたくないという想いから
一緒に片付けたひとに怒りをあてつけます。

こんなふうになったのは、あいつのせいだ…

こういう状態のひとは、
少しだけ覚悟してふれあいます。

そこからうまく変われるひともいれば、
変われないひともいます。

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珍しく甘いものがほしいなと思ったら、
施術したひとからすごく美味しいお土産にもらいました。


人生にはいろんなことがあります。
わたしも色々ありました。

けれど、幸せのチャンスは毎日巡ってきて
部屋の床にぽとっと落としていきます。

床に落ちた幸せのチャンスを
見落とさないようにするのが、
部屋を綺麗にすることなんですよ。


とりあえず、
なんか嫌だなって思ったことがあったら、 
掃除してみてください。

いいことありますよ。


posted by さゆり at 01:03| 日記