2017年01月25日

人工精霊っていっても、エネルギーの塊だと思えばいい。



「自分にも自分に役立つ精霊くらい作れるよ」
なんていうと、なんて胡散臭いだろうと私も思います。

でも、
「自分は宇宙に役立つようにと生まれた精霊だ」
なんていうと。

そういうの好きな人たちは
「そうかーそうなんだ!」て喜びます。

どっちも胡散臭いのにねえ、
面白いもんです。

君ってすごいやっていうよりも、
宇宙の小間使だと言われると納得されてします。

変ですよね、よくネットや本で見る
チャネリング系のスピリチュアルって。

まあ、しょうがないといえば
しょうがいないんですけど。

みんな根っこに古い宗教に触れた歴史が刻まれていて、
それがなかなか紐解けないのでしょう。

誰に何を直接話すわけでもないし、ちょっとくらいは、
自分にも同じ力があるのではくらい妄想してもいいんでないの?

そう思うのです。

そっちの方がたのしいからです。

人工精霊で唯一気をつけなきゃいけないことは、
精霊を使って人の自由な幸せになるよう手伝いをしたら、
嘘偽りなく、そのまま波動を共感します。

もし、精霊に人間の生き死にの手伝いを申し出たら、
もちろんその波動は自分と共有します。

ここだけっていう感じの、
いいとこ取りはできません。

単一的なエネルギーの塊だからです。

面白そうでしょう?
もちろん、私は自分の実体験を通して何ヶ月も試して、
実際に良くなってから発信しています。

こういう話をいずれどっかでしますよ。


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posted by さゆり at 22:06| 日記

2016年12月05日

お金って簡単に稼げたマインドになったこと。


世の中には、予想だにしないことがある。


去年のわたし
「お金って簡単に稼げるんじゃなかろうか」

今年のわたし
「お金ってこんなに簡単に稼げるんだ」



ぐんっと仕事の苦労が一気に減ったとか
そういうことではないんだけど。

徐々にストレスフリーになり、
思考がこんな風になってきてしまった。

自分でもとっても不思議です。



そんなふうになりますと、
まあ、わたしは自由に生きている人なので。

こんな場所でも発言すると・・・



とりあえず稼げるか稼げないかは置いといて。

最近はやりのお金ブロック外し、
「簡単に稼げるんだマインド」にする
言霊チョイスはこんなのがあった。

「強み」「才能発掘」って言葉をよく使っている人。

ギャンブル好き、いちかバチが好きな人
瞬間的な刺激が好きな人、
幼少のトラウマを今すぐ手放したい人、
心から応援したい人、応援者がまだ少ない人。


ギャンブル性を否定しないけど、
「自分の稼げるセミナーはギャンブルみたいなもんです」

ていうのをにわかにも言わずに、
来たら必ずなれますってのは気に入らない。

みなさん、あれは、ギャンブルです。

それをチャンレンジしたくなる時と
ならない時があると思います。


そして、セミナーに特有である
「ビジネスパートナー制度」

個人サポートの応援はとても親切だと思います。
実際にそれをやってる人がいます。


自分の人脈を紹介するは、
これもギャンブルです。
わたしはこれをサポートだとは思っていません。
単純な業界繋がりの情報提供だと思っています。


世の中にはいろんな価値観がある。

ここに書かれている価値観は世の中にある価値観の一つ

ようやく、「強み」「才能発掘」という
ギャンブル性、チャレンジ性を理解していなくて、
提供したり、受けたりして泣いた人も多いはず。


今は、
こうして言えるのは幸せなことです。

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posted by さゆり at 21:55| 日記

2016年11月24日

心を動かすことを再生した物語。


この話は今年に入ってから身内に何度かしているのですが、
また伝えてみよう。

わたしが年の中頃言われた友人のことば。

要約すると、こうです。

「安定を求めて感情を穏やかにしているあなたも良いと思う。
けれど、やっぱり、感情がいったりきたり。
たくさん動いているあなたが好きだ」

ああ、なんて恐ろしい愛情が深い真実を告げるのだろう。
わたしは心から想ったのです。


それ以前、わたしはわたしの生活を向上させるために、
感情を一般人と呼ばれるまでに穏やかなものにしました。
なんの変哲もない、ただのさゆりちゃんでした。

わたしはようやく穏やかになって
お世話になった友達に現状報告をできるぞと、
友達に喜んでもらおうと会いに行ったのです。


けれど、
『嬉しいけれど嬉しくなかった』
『会った時から違和感があった』と言われました。


結局、わたしは現実から目を背けて後で後悔したくなくて、
何もかも自分の血に流れる力に動かし続けながら
生きることを選びました。


それから、たくさんの
「以前のわたしのような生き方を選んだ人」に遭遇しました。


わたしは運が良かったのかもしれません。

本当に抑えこんだ穏やかさに慣れる前に、
動かし続けながら穏やかになることを選んだのですから。

それから、わたしの毎日はとても残酷でした。
しばらく、わたしの時間は止まることがなかった。


気がつくと、激しさも穏やかさも両方手に入れてました。


私たちは、
通常、自分に優しく残酷な真実を告げる人を遠ざけて、
自分を褒めてくれるだけの人と知り合いたいと願う、
臆病さがあります。

けれど、私たちは本能的に、
優しく残酷な真実を告げてくれる人を
心の底から願っているのかもしれません。

もちろん、友人は言いっぱなしではなく、
優しく残酷なことを告げてから、
わたしが動いていた心を取り戻そうとするとき、
たくさん話を聞いて、行動してくれました。

言いっぱなしの人は単に現実を突きつけるだけで、
無礼な人ですが、話を聞いてわたしを客観的に見て、
話して、とりあえず行動しようとするとき
一緒に入口まで歩いてくれたのです。

頭が上がりませんね、この件に関しては。

あの子はあなたがいつもそうするからと
遠回しに言ったけれど、
ずいぶん助けられました。


さて、これをここまで読んでくださる
あなたはどうですか?

わたしにはこんな友人なんていないし、と。
ひねくれている暇ありませんよ。

あなたがなるんです。入口まで一緒に歩いてあげる人に。
心を動かす感動はそこから生まれます。

生きる充実をあなたに。
生きた真実を誰かに。

瞬間から充足感が生まれ、
幸せを芯から感じる感受性を再生できます。


あとは、あなた次第。


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posted by さゆり at 23:08| 日記