2016年07月24日

神と呼ばれた者たちは、元は人間より悪魔であった聖者だ。


世間を知るために世間にあえて飲まれたから人々は
なるたけ早く、帰ってこれたかもしれない


大切にしたい人々のきもちが知りたかったから、
知れて良かったと人々はつぶやいた。



大切にしたい人たちの幸せを手伝い、
大切に想ってくれる人たちから
幸せのおっそわけをもらい。


積み重なった幸せが溢れ出して、
大切に想っている周りの人たちも
一緒に幸せになっていったかもしれない。



必ずここへ戻るよと決めて。

見た目や形は違えど、
わたしとあなたの心を大切にしていくと誓って。

世間へ飛び出したら、
きっと辛かろうも寂しかろうも。

全ては虹色に溶けて、
空にかかる淡い虹色の架け橋になって、
見上げた見知らぬ人々を幸せにする。



誰かのせいにしている暇があるなら。

誰かのせいにしたいなら。

いっそのこと、恨み尽くせ。

恨みながら、憎しみながら、悲しみながら
自分と大切にしたい人の
自尊心を助けるために行動しろ。



でも、想像したよりずっと早く
暗闇は消滅して、
暗闇の感情は根深ずだいぶ消えた。


そうやって勇気を与えながら、
心が満たされたやさしい虹の架け橋は
いたるところで世界をつなぐだろう。



神様なんて関係ない。

人間の内側から輝きを作り出せ、
宇宙へとびだせ。

地球は元どおり、
誰に操られない空間に生まれ変わるだろう。


すべては愛する地球のために、
やさしい人々が生み出す力のために。



そうだ、命が死ぬ瞬間に愛してるよと言えるように。

今、過去でも未来でもない。


この瞬間を感じて生きるのだ。


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posted by さゆり at 15:34 | 日記

2016年07月12日

信念を突破できる人のひとつの共通点。


先日、施術をしていたら、
言わなきゃいいのに、
でも言ってよかったと思い出す言葉を思い出しました。


いつかのリラクゼーションに転職したとき

「へえ、施術されてたんですか?」

「ええ、忙しいところでした」

「そんなに混んでたんですか?」

「混んでいたのもありますし、
指名客がついて常に忙しかったんです」

「それはすごいですね。どうしてこの仕事に?」

「学生の頃から、
なぜか痛いところがわかったりして、
喜ばれたりしたので、仕事にできないかと」

「他にはどんなことがご得意ですか?」

「みんなと協力して
お店を盛り上げていくことです。
1年前のお客さんを固定客したりしてました」

「そうなんですね!それはいい」



大人なのに、
初めて会った人のこんなこと信じるなんて、
ずいぶん素直で純粋な人だなと思ったくらい(笑)


でも、こういう顔されちゃうと、
見せてあげたいと思うわけで。

カッコつけた手前、やらないとなあと。


1ヶ月以内に店長の眼の前で
全部達成しました。



自分のお店はこんな短期間で
ひょいひょいできない感じですが。

長いスパンでじっくり実りある木を
深く根付かせています。



でも、流行った後どうなるかは
店長次第ですね。


エネルギーの法則と同じで、
エネルギーを盛り上げてほしい、
解放へと導いてほしいといっても、
のちにどうなるかは自分次第です。

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あっという間に売り切れる美味しいボコボコスコーン


いろんな人がいますよ。

チェーン店なのに
経費を自分の私的なお金に変えたり。

ドブに捨てるように、
経営学講座に70万一括で払うとか。


これは悪いパターン。



良いパターンもあります。

ついに自分の独立企画で商売を始めるとか。

ついに親子で向き合って話し合うとか。

今までの持病としっかり付き合うとか。



エネルギーを盛り上げたら、
誰だって暴れたくなるし、嘆きたくなる。


今まで目をつむっていた
何かが見えるから。

すでに昨日までの生き方が
虚無に思えるから。


エネルギーの盛り上がりを
やりきって仕舞えば楽になれるけども。

やりきるまでがコツがいります。



今まで以上のエネルギーの解放を
やりきれる人には共通する点があります。


「あの人がいるから、がんばれる」



一人は
「親に見返してやりたいんだ」と言いました。

一人は
「息子のためにやりたいんだ」といました。

一人は「心から尊敬できる人と対等になりたい」
そう言いました。



信念がぐらついた時、
どこか熱く思える人間の顔がちらつくと、
感情がぶれても、
感情ではないフラットな信念を
同時に持ち合わせることができるみたいです。


感情をうしなわず、信念をうしなわず、
わたしたちは生きていくことができたら。


どんな星に生まれた者より
最強かもしれませんね?


ではまた。

posted by さゆり at 09:31 | 日記

2016年06月30日

電子書籍の配信曜日変更のお知らせ。

はじめに、お知らせ。


配信中のセラピスト専門マガジン
【私が触れた100人の記録】

隔週 木曜日配信中

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有料電子書籍

介護等のお手伝いのお仕事をして
執筆時間が変わったため、
今週から、隔週水曜日から
『隔週木曜日』に配信されます。


突然のお知らせでは御座いますが、
ご愛読者の皆様、よろしくお願いします。




さて、ただお知らせだけでもあれなので、
本日の日記。


この前話したペアの外国人さんが
「暴れる人は介護施設に入れるべきでない」
という話をしていたわけですが。


なんとなく
言わんとしていることが分かったので、
言いたいことを先読みしてやんわり答えました。



「実は、介護施設では
精神病の人たちが入ることが、
年々増えているんですよ。
もう精神病院はいっぱいだからです」

「いっぱい……」

「前の介護施設でも、
1割くらいは体の介助がなくても
精神病のたぐいで入ってる人がいました」

「ソウナノ?」

「はい。基本、痴呆のひとは
うつ病の薬や睡眠薬を飲んでいます。
そこからどんどん進んでいくんですよ」

「ソウネ、薬の取り過ぎはよくないね」



あまり口にしたくはないですが
おとなしく寝ているだけなら、
週に何回かの
週に1度のお風呂ヘルパーをでいいわけで。


なまじ暴言や妄想や多動をするなど、
そういう繰り返しですと、
どの施設でも断られます。


契約してからだんだん
酷くなるケースでない限り、
一番ひどい状態から入居しようとすると、
難しいですね。



大都会の街に出てみると、
世の中には人が溢れているでしょう?


でもね、日本の人口のほとんどは
病院と施設と自宅とブラックな職場に
軟禁されています。

もっと人が本当は溢れているんですよ。



まともじゃない人に会いましたか?

いいえ、まともじゃない人は
自分がまともかなんてのも
わからないくらい生活ができないんですよ。



血液の病気にかかり、
妄想でぐちゃぐちゃとしゃべりながら
誰かに触れて他の入居者にキミ悪いと叩かれて、
誰にも抱きしめて抑える人が
いない人間を知っています。


そこからエスカレートして叩き合いに発展、
そして転倒です。



なぜ、行き過ぎた叩き合いがあったか、
密かに突き詰めていくと


「あの人が触れてくるのも、触るのも怖い」

入居者と職員が同じことを口にしました。

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触れられるのが怖いと避けていた猫が
近頃少し仲良くなりました。


誰が悪いというわけじゃない。


ナイチンゲールのように、
ふてぶてしく患者に触れ続けて
看病していた人と同じ病になれとも言わない。



でもね、避け続けてたら
やっぱり解決できないから。

危険とどう向き合うかだけでも
やってみたらと。



喧嘩の拍子に入居者の
倒れてできた大きな傷を見ながら思いました。


ではまた。
posted by さゆり at 07:26 | 日記

2016年06月27日

欲しいものを全て手に入れる発想を。


春まではいろんなことがありましたが…。


「どうせ生きるなら、
最後までふてぶてしく
愛してくれる人たちのために立ち上がろう」



そんな風に奮起して、
何言われてもへこたれず行動し続けて 。


時には温かいひとの声から
自分を大切にすることを叱られ反省して。


今ようやく幸せを実感する余裕がでてきました。


本日はようやく
楽しく髪を切ることができました。


春頃、髪を切りたい衝動にかられたのですが。

白髪もない黒々とした髪の毛を
たくさん切るなんてもったいない
という気持ちの両方に駆られました。



温存か、綺麗さっぱり切り捨てるか。


とある思いつきで、
わたしは両方を手にすることができました。

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黒々とした30センチの髪の毛。



【ヘアドネーション】

「病気で髪の毛が抜けてしまった人の
ウィッグ作りに使う髪の毛寄付活動」




美容師さんにも言われたのですが。

「寄付と言っても、
髪染めやパーマなどで痛めた髪は
寄付しても使い物になるかはわからない」



他にも、
20cm未満だと余り毛の補正に使われるが、
主体の髪の毛作りには使われないなど。


いろいろ制約はあるみたいですが、
わたしは30ちょっとでしたので、
なんとか足りました。


だいたい、
伸びるのが早い方は一年半年伸ばし、
遅い方は2年弱伸ばして寄付に使えるそうです。



わたしみたいに、
一年に一回しか切らない人は、
寄付にちょうどいいかもしれませんね。

期待してなかったせいもありますが
思った以上に素敵に切ってもらいました。


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わたし
「お兄さん、本当にショートカット
お好きなんですね。楽しそうに切ってます」

お兄さん
「よく言われるんです。楽しそうに切るねって」



わかりますよ、その気持ち。

わたしもよく言われますよ、
楽しそうに施術するねって。


職人気質の仕事って、
作業自体は楽しいよね。



丁寧に楽しく切ってもらって、
わたしの髪の毛もハッピーになりました。


30センチ以上、
思い切り切りたいという方は
やってみてはいかがでしょうか。

髪の色を抜いたあとと、
白髪染めあとは少し難しいけど
髪染めくらいならいける思います。

黒々した髪の毛は
喜んで受け取ってくれますよ。


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そう、私たちは発想を変えて
欲しいものを全部手に入るはず。


周りの人たち全て幸せにできるはず。


昨日まで知らなかった人と
喜びを共有して、増幅できるはず。


良いお天気の日に、
想像力と愛を持って、
髪の毛を寄付できた喜びをこのブログで共有します。



ではまた。

posted by さゆり at 12:34 | 日記

2016年06月23日

スキンシップって偉大で練習が大切なんだなと思うとき。



馴れ馴れしく触りすぎると、
気持ち悪いと言われるし。

まして、全く手を差し伸べないと冷たいと言われたり。

人間というのは本当にわがままで甘えん坊だと思います。


特に男性が強い人はその節度があまり理解しておらず、
自分から触る時はどうやって触れたらいいかわからないし、
触れようとするとベタベタ触るなと怒られる。

そして、男性や女性に憎しみを強く抱いている人は、
誰が触っても嫌だ嫌だになります。



そうですね・・・これは経験論ですが。


適度なスキンシップに慣れてくると、
どこまでがセクハラで下心があるかとか、
どこまでが助けたいかとか。

触れられた瞬間に、
少しだけわかるようになってきます。



特に猫なんかはその説に置けます。

エネルギーの感受性はわりと、猫が敏感な方です。

女性的なエネルギーが男性にもあるわけですが、
そのエネルギーがにじみ出ていると、猫に好かれます。

また、男性性のエネルギーが強すぎると、
猫にあまり懐かれません。


子供も同じで、
性別がまだはっきりとしていな段階であったり、
性別が曖昧である状況の時は、
強すぎる感情主義の女性であったり、
強すぎる完璧主義の男性であったりすると、
子供はあまり近寄ってきません。




あと、これも経験論ですが。

この時代の大人は、大概年をとると、
子供返りをします。

介護の仕事をしているとそれを感じます。


性エネルギーがどちらかに行き過ぎると、
事故が介護における接触多発します。

面白いもので、子供やお年寄りに関わる時、
最も安全で成長のある良い仕事ができる人は
「子供らしい素直さがある完璧主義でない人」です。

一見すると子供っぽいのですが、
大きな目でとらえていくと、とても優秀です。

そういう人たちを現場で見てきました。



つまり、スキンシップで
コミュニケーションが安全に取れる人って、
大人になりながら
子供らしい素直さを持っている人が多かったのです。


・・・・難しいですか?(笑)

そうかもしれません。


でも、それが最も良い仕事ができることもありますから、
たまに子供らしい素直さをわたしは思い出すようにしています。

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遠く離れていたところに住んでても、
どこかで交差点を見つける。


そうそう。
スキンシップといえば・・・

介護の現場でちょこっと手伝っているわけですが、
いつもお風呂で介助のペアを組む人が外国人の方なんです。

普通に話せるけど、たまに漢字が読めなかったり、
細かい表現ができなかったり。

なかなか面白い。

ある程度、もう少しだけ
お互いを知り会えたら、もっと良い仕事ができると思いました。

そして、事故が減るとも直感で感じました。



お互いを礼節持って知り合うために、何をしたのか。

仕事の確認の話をしながら、肩もみしました。



介護の方「ウワア!すごい!ワオ!」

わたし「強さはどうですか?」

介護の方「すごい!アナタ、力強い!」

わたし「力は入れてないですけどね。」

介護の方「すごい!何これ!わあ!」




それから、お互いを気をつけながら、
話せるように少しだけなりました。


施術歴10年、話し下手だったわたしが
誰かとイメージを共有して仲良くなりたくてしてきたこと。

それはスキンシップという名の施術練習であり、
言葉という名の執筆活動でした。


積み重ねた経験が体に根付いて、
人の感動と喜びにつなげることを
肌で感じることができるんだなと、
改めて感じました。




posted by さゆり at 17:58 | 日記

2016年06月15日

介護職が喜びを待つひとへなるように。

介護の現場にて。

現在、人手が足りないと言われている現場にて、
すこし介護のお手伝いをしています。


わたしがリラクゼーションの技術を向上させるために、
介護職についたのは六年近く前です。

勉強のためにいずれ辞めるけれど、
勤めてもいいかと職員に聞いて務めたことが、
懐かしいです。


初めての現場も、
それくらい人手が足らない現場でした。



そして、いま、少しだけ
お仕事のお手伝いに入っているわけですが、
さらに介護の現場の変化を感じています。


どのような変化を肌で感じているかというと・・・


ここはわたしの個人ブログなので
はっきりと言いますが。

「飼い殺し」が、ひどくなっていました。



医療制度、介護制度などの影響でしょうか。


薬は無料でどんどんでるけれど、
それ以上は有料です。

ご飯は毎食でるけれど特にフルーツもなく、
成人カロリーだけを気にした食事。



わたしはどんな薬を飲んでいるかを知るために
よく、目を見るのですが、
だいたいつよい薬を飲んだ人の黒目は
思いっきり小さいのです。

または、黒目が大きいけれど、
白目がどこか不思議なクリーム色だったりもします。


眼力ばかりが強くなり、
人の感情を見る能力ががくんと落ちます。


薬の犠牲者にしか見えませんでした。



現在の介護の実態はこうです。

薬に罪があるわけではなく、
直したあとの強い効果の薬のデトックスを考えず
たくさん飲むことは危険です。

強い眠剤、強い抗鬱剤、強い痛み止め・・・
あらゆるものが多量摂取です。


何をしゃべるにろれつが回らない、
周りがすべて敵に見える、
昨日の記憶が改ざんされて切り売りの自分になる。


お金があるないではなく、
「気持ちその日ぐらし」は非常に危険です。


医療、オムツや介護用品店、薬品会社や医療全体が。

そういう「とりあえず間に合わせておこう」という
制度や設備、道具や施設が大量に増えてきています。



あと、現場では外国人さんも増えましたね。

わたしは知らなかったのですが。

日本の大学を出たけれど、
就職できなかった中国人の学生さんが、
もう二年か三年福祉系の大学に入って、
介護職を目指しているのだとか。

これでようやく、
福祉系の大学の前を通るたびに
中国系の人が大勢いた理由がわかりました。



皆さんはどういう意味で
介護と受け入れるかわからないけど。


精神を病み薬を飲みすぎて、
何もできなくなってしまった人も、
介護施設にはけっこういます。

ですから、介護は決して
お年寄りを介抱するだけの現場ではありません。



頭がおかしいと罵ればそれまでなんだけど。

どうしてそうなったのか。


疑問をもち、見極めて、相手の生活を想像し、
社会で彼らがどんな風に見られているかを調べて
触れ合うことをしています。

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黙って死を待ち座っていることほど、
ひとは罪を感じることはないかもしれない。



べつにだれかのためじゃない。

自分が知りたいからそうしています。



片麻痺しているおじいさんが
精神薬の依存から会話ができない人を見てこう言いました。


「あいつのことを知っているだろう?あいつは頭がおかしいんだよ」


そう、頭がおかしいと言ってしまえばそれで終わりです。

それ以上の疑問はありません。



けれど、わたしのような人間は、
人間そのものに興味があります。

わたしは頭がおかしいと言われることに慣れています。
そう、たぶんわたしは頭がおかしいのかもしれません。

だから理解したくなるんです。
「わたしも頭がおかしいところがあるし、
共感できる何かを発見して、新しい視界がみつかるかもしれない」



わたしの言っていることは通じないかもしれません。
もしかしたら余計に傷つけるかもしれない。


けれど、どこかひとつでも通じ合えば、
私たちは分かり合え、生きる希望がわくこともある経験もしている。


わたしはバカバカしくいつもどこかで希望をもっています。


「飼い殺し施設」で働く
ただ死を待つひとを介抱するひとが介護士と呼ばれないように。

『生活感情回復施設』で働く
自分と誰かのために回復を介抱する人が介護士と呼ばれるように。

わたしはこころから願っています。


posted by さゆり at 21:31 | 日記

2016年06月09日

6月のポエム

紫色の夕露が、花を滴り落ちる。



夏の朝顔のつぼみはまだ、閉じたままだけど。
夏前のアジサイの花は咲き誇る。

夏の朝顔は朝から昼に咲くけれど、
夏前のアジサイは雨が降っても止んでも咲き誇る。



大勢の人たちの目が開く時間に開く花は、
だれよりも注目を浴びるだろう。

大勢の人たちの目なんて気にせずに開く花は、
だれの目にも止まる花となるだろう。

限定で咲く花はそれは輝かしく光を浴びる。

路地裏のどこでも当たり前に咲く花が、
花が閉じる時間の心を満たす。



あなたはどちらにでもなれるし、
どちらにでも私たちは迎える能力がある。

たった今、どちらになりたいかだけを
心して選択をして生き続けるだけ。

なんとなくこちらではなく、
こうやって生きてみたいと
明確にイメージできたものから歩き出していく。



そうすれば、世界中の時間にすべての花が咲くだろう。

町の真ん中でも、路地裏でも。
日の昇る時間でも、星空の時間でも。

すべての心に花は咲くだろう。


posted by さゆり at 14:17 | 日記

2016年06月05日

私の施術から、幸せのため息を目指して。

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アジサイが綺麗な季節ですね


この一週間くらい、
新しい技術を学ぶために、
先週から何日かスクールに通っていました。


その際に、海外の方に施術をしました。
日本にきて2ヶ月。

カタコトながら、
日本語をしゃべろうとする
頑張り屋さんでした。


リラクゼーションに興味があり、
なんと、50歳から勉強しているとのこと。


素直で誠実な人柄が印象的な方に
こんなことを言われました。

「アナタ、一番です、うまい。
なぜ、アナタうまい、練習する?」



思わず、まっすぐな言い方に
わたしは本音を言いました。


「もっとお金を欲しいのもあるけれど
つまんないじゃないですか。

それに、昔の技術もなぜか
新しいことを学ぶと上手くなる。
そういうことなんです。」



私の施術を受けた後、
何度もため息をつきながら…

「わたしはアナタみたいに、なりたいデス」
と親切に伝えられました。


私はというと、

「わたしみたいにならなくていい、
その感動を大切にして自由に上手くなってね」

と、こっそり心の中で思ってました。


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東京にはいろんな外国人がやってくる。



他にはこんなことも。


「ドコニそんな力、あるんですか?」

「私は小さいからなあ」

「チイサイ大きい関係ない。
体は見にくい美しいない。みんな美しい。
神様からもらった体はミンナ大事。
とても素晴らしいこと」



特別な神様を信仰している方でもなく
自分で考えた言葉でさらっと言われました。


他にもいろんな素晴らしい出会いが
先月から巻き起こっています。



出会いと別れの繰り返しの中で、
ぼろぼろと拾いきれないくらいの宝石が
道に散らばっていくようです。


こんな風に人を感動できるのだとしたら
施術はできる限り、
仕事で続けていたいなと思った出来事でした。



posted by さゆり at 13:42 | 日記